皇紀 2671年1月25日
以前読んだ本にこういうのがあった。
大きいボラティリティーの前は小さなボラティリティーであり
大きなボラティリティーは小さいボラティリティーの前である。
ボラは 大きいか小さいか の2つしかなく、交互になるのは
当たり前やんけ。 と思ったもんだ。
文章だけ読むと確かにそうなのだが、これに相場の転換が近づいている
という事を察知できるようになると、意味が違ってくる。
嵐の前の静けさ という意味で解釈するようになる。
未熟な時は、目から鱗という部分が多く感動するが
上達するとソコはどうでも良くなる。
未熟な時に、興味を感じなかったり、当たり前と思っていたトコが
上達すると非常に大事な部分である事に気がつく。
面白いものだ・・・
不幸なのは、最初に悪書に当たってしまう事だ・・・
それを、良書か悪書か区別がつかないので鵜呑みにすると酷い事になる。
イッパシになるまでの授業料ってものは非常に高くつくものだなぁ とつくづく思う。
この前、門下生が タネふっ飛ばしてから皮がむけるよ と言われた意味が
今、すごく理解できたとしみじみ言ってた。
人間とは体験しないことは理解できない動物なのだ。

